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遠州の祭り鉄道&日記 | スポンサー広告 | --:-- |
横地行ってきました。しかしまだ動画アップできません。
まずは下組屋台について手に入った情報と考察。(写真じき載せます) ・現屋台は約三十年前に倉真のどこかから購入したもの。 ・蒔絵に描かれているのは京都の四聖獣。(青龍、白虎、玄武、鳳凰{朱雀?}) 倉真から購入したという情報は過去にもありましたね。しかし、同じ横地地区の三沢の屋台は 倉真で大正に造られたものですが、それと比べると下組のものは作りも古い掛川型で年季も入っている。 とすると倉真より前に活躍していた可能性が十分ある。 そこで、掛川祭りの41町から蒔絵に四聖獣の描かれた物を探してみると・・・ 神明町がほぼ当てはまった。 一部違うも類似しているものは二瀬川、鳥居町。 また、倉真の記録としては、倉真五区の先代が「昭和三十年代に掛川西町より購入」とある。 現屋台を作ったのが昭和50年頃らしいので、おおよそ三十年前。 とすると、西町の線が濃い。 しかし、西町もその屋台をほかから購入したことになっている。 しかもそれがどこか分からない。 ちなみに現在の西町の欄間は東海道五十三次であるが、前の屋台が中古なら変わってもおかしくないので関係ないと思われる。前後が 下組の屋台がこの屋台な可能性は高いが、やはり元を知りたい。 西町の先代屋台について情報お願いします。 コメント
お久しぶりです。
今手元に資料がないので正確さは欠きますが・・・ 掛川西町屋台は、現在の屋台が平成の新築で三台目です。 総欅造りの漆塗りの屋台で、まさに掛川の雰囲気を持ち、西町の白い法被の映える見事な屋台です。 先代屋台は、戦後に建造され、先々代屋台はこのときに倉見へ渡ったようです。 この先代屋台に東海道の彫り物が入り、そのまま現在の屋台に受け継がれています。 それ以前の屋台は、袋井の市街辺り(だったような?)から購入し、さらにその屋台は、 横須賀(たしか東田町だったような?)から購入したらしいです。 ですので、倉見五区の屋台はそもそも江戸時代建造の一本柱万度型の山車ということになります。 掛川で一本柱はほぼありえませんから、西町に来る際に今のいわゆる箱屋台出囃子付きに改修か、もしくは土台のみ購入したのかもしれません。 ちなみに横須賀の山車の輪は掛川の屋台の輪と比べて小さいですが、その小さい輪が倉見五区の小屋においてあるそうです。 また土台がずばり横須賀作のものなら手木(枠)の太さが通常の箱屋台より細いですから一目瞭然でわかります。もし太いものでしたら、倉見に来るまでに度重なる改修によって箱ものは西町時代、土台は倉見時代に作られたものとなりそうです。 ともあれ、倉見五区屋台は遠州の祭りにとってキーパーソンならぬキー屋台であると思います。 ちなみにこの辺の話は一昨年発売された「掛川のマチと祭礼」や「掛川市制五十周年記念誌(?)」あたりに大概載ってます。お時間あればたぶん掛川図書館にあるはずなのでお出かけされてみてはいかがでしょう? 菊川は今年も予定が合わずいけませんでしたが、いろいろ気になる屋台が多いです。 どしどし、画像、動画UPいていただけたらうれしいです。 それを見ながらあれやこれや想像させていただきたいです。
2008.10.21 Tue 21:45 |
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掛川方面
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